ママ塾で偏差値70!

幼児の頃から家庭教育を続け、小3(6月)の全国統一小学生テストで偏差値70。その後、早稲アカA特待・日能研スカラシップに認定され通塾しました。

子どもは知育玩具で賢くなるのか?

おもちゃで賢くなるなら

上の子が赤ちゃんの時から、たくさんの知育玩具を買ったり手作りしたりして与えてきました。

よく遊んでくれたおもちゃ、ほとんど見向きもされなかったおもちゃ。

おもちゃが好きだった子、あまり好きではなかった子。

おもちゃ屋さんでは、あたかも「これを買い与えただけで子どもが賢くなる!」かのように売られていますが、現実はそうではありません。

今ではわが家の3人の子どもたちも、上は中学生、末っ子が小学校の低学年です。おもちゃっていう年齢でもなくなり、お世話になった知育玩具たちを少しずつ処分することにしました。

というわけで、まことに僭越ながら、知育玩具についての総括を述べてみたいと思います。

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知育玩具との関わり方

まず、母親であるわたしはおもちゃが大好きな子どもでした。ただ板に穴が開いているだけのシンプルなおもちゃで、何時間も遊べるタイプです。

無口で陰気臭い子どもでしたが、なにか与えておけばずっと一人で遊んでいるので親は楽だったと思います。

今でも、図形の問題はワクワクするし、じっくりと考えることが好きです。

自分がそんな風であるため、"子どもはおもちゃで遊ぶもの"という先入観で子どもを縛り付けていたかもしれません。

子どもがおもちゃに集中せずひとり遊びができないと、イライラしていました。

第一子

一番上の子は、知育玩具に限らずおもちゃが嫌いでした。

レジのおもちゃのお金は偽物だし、スティックを振り回してもプリキュアになれない。そういった、おもちゃのまがいもの感を嫌悪しているようでした。

積み木もパズルも、見向きもしませんでした。

図形が得意になるようにと思って、タングラムやロンポスなどを義務づけてやらせたりしましたが、かなり嫌がられました。

一方、外遊びや絵本は大好きで、字が読めるようになってからは家ではずっと読書をしていました。

大人びている分、目的があれば頑張れる子で、受験勉強をきちんとして志望校に合格しました。

国語が得意で数学(とくに幾何)は少し苦手ですが、成績は問題ありません。

第二子

真ん中の子は、母親の遺伝子を少しは受け継いでいるようで、想像力で、ちゃんとプリキュアに変身していました。

レゴやブロックも好きで、すごいものを作るわけではないけれど楽しんでいました。

なんでもとりあえず遊んでみてそれなりに楽しむというスタイルで、わが家の知育玩具たちはやっと日の目を見ました。

知育目的のおもちゃにも興味を示し、「やってごらん」という親のすゝめに素直に従う性格が勉強に向いているようでした。

図形にも抵抗はなく、今のところどの教科もそつなくこなしています。

第三子

第二子と年が近いので、つられてブロック遊びなどしていました。でも基本的には第一子に似ていて、子どもじみたおもちゃは好きではありません。

細々とした作業も、じっくり考えることも嫌いです。親が勧めることは絶対にやりたくない頑固者です。

植物や動物に興味があり、ヒマがあれば図鑑を眺めています。生物分野だけなら高校生クイズに出られるほどの知識を持っています。

頭のいい子だと思っていますが、勉強しないので学力は未知数。どんなに図鑑を読んでも学力にはつながりません。

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知育玩具と学力の関係性

3人のうち知育玩具で遊んでくれたのは一人だけという残念な結果に終わっていますが、わたしなりに得た真理があります。

それは、「子どもは知育玩具で賢くなるのではなく、賢い子が知育玩具で遊ぶのだ」ということです。

ずいぶん雑な言い方をしましたので、これから説明します。

一般に知育玩具というと、ブロックやパズルのような空間把握能力(図形)を伸ばすものが主流です。そういう玩具を好む子は、もともと図形感覚に優れているのです。

しかし考えてみれば、絵本も図鑑も知育玩具です。

言葉に興味がある子は絵本が好きで(あるいは絵に興味があるのかもしれません)、生物に興味がある子は図鑑が好きなのです。

子どもの"好き"は、能力に結び付いていることが多いです。

もちろん、親から受け継いだ能力には限りがあるかもしれませんが、その子の中では得意分野なのだと思います。

親に与えられたものの中から子どもは自分の好きなものを選んで遊び、その選んだものが子どもの得意分野である可能性が高いのです。

知育玩具は、それを見つけて伸ばすためのものなのだと思うようになりました。

知育玩具は教材

子どもは好きでないものには興味がないし楽しくないので、それは知育"玩具"と名がついていても"玩具"ではありません。

わたしが第一子に義務付けたように強制的に遊ばせたとしたら、それは遊びではなくて勉強です。

それならば、逆に勉強と割り切ってしまったらどうでしょう。

興味のない分野の知育玩具は、おもちゃの仮面をかぶったドリルです。

おもちゃだから遊べと言われると反発を覚えるけれど、勉強ならば仕方がないと思う子どももいるでしょう。

親も、勉強ならば嫌がることもあると思えます。

なんのためにこれをするのか?というコンセンサスがなくては、親子関係に悪い影響を及ぼしかねません。

わが家の第一子の場合は、知育玩具で勉強するくらいなら紙のドリルの方がマシだと言っていました。

でも、紙のドリルよりは知育玩具の方が良いという子もいそうです。

どちらにしろ、知育玩具は教材だと思うと心に平和が訪れます。

まとめ

悲しいことに、子どもは知育玩具で賢くなるわけではないというのがわたしの結論です。

しかし、知育玩具を与えることで早期に子どもの才能に気付くことができます。

また、教材として使えば、まだ机に向かうことが難しい幼児に教育を施すことができます。

便利なものであることは間違いないので、上手に使えたらいいと思います。

 

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